がん悪液質での意欲低下は脳の回路の誤作動が原因?
A neuroimmune circuit mediates cancer cachexia-associated apathy
背景
がんを含む多くの慢性疾患の進行期に合併して生じる悪液質(cachexia)では、食欲不振、体重減少に加え、重度の倦怠感、アパシー、抑うつ症状がみられることが多く、QOLの悪化に拍車をかける。こうした広汎な神経・精神症状の根底にあるメカニズムは十分知られていない。
アメリカWashington University School of MedicineのZhuらは、悪液質の確立された前臨床モデル(大腸腺がん細胞を皮下移植したマウス)を使用して、特定の神経回路が全身性炎症によって持続的に活性化することで、慢性的な倦怠・抑うつを引き起こすという仮説を検証した。
結論
マウスは数週間で、体重と食餌量の減少、筋萎縮といった典型的な悪液質症状を示した。行動テストバッテリーは努力に基づくモチベーションの特異的な低下、すなわちアパシーを示唆した。
包括的なサイトカイン・スクリーニングでは、悪液質の進行と並行した血中・脳内のインターロイキン-6(IL-6)濃度の上昇が認められた。また、全脳活動の細胞レベル分解能でのマッピングウイルスニューロントレーシングから、脳室周囲器官である最後野のIL-6感知ニューロンが、傍腕核、さらに黒質網様部の抑制性ニューロンを中継し、側坐核のドーパミンニューロンが抑制される、という経路が明らかにされた。実際に最後野ニューロンへの刺激は、側坐核のドーパミン放出をただちに抑制し、悪液質の進行中にはモチベーションの低下と連動するように、側坐核のドーパミンが減少した。
全身性抗体によるIL-6阻害、最後野におけるIL-6受容体のノックダウン、さらに最後野から傍腕野までのニューロンの除去といったこの経路の標的化は、悪液質誘発性アパシーを改善し、モチベーション低下を軽減した。また、側坐核のドーパミン・シグナリングを増強すると、がん末期であっても、炎症に抗してモチベーションが回復した。
評価
IL-6の検知に引き続く一連の免疫-神経回路によるドーパミン抑制が、がん悪液質によるアパシーを引き起こしていることを、マウスモデルでの検証によって示唆した。
急性疾患においては、適応的なこの神経回路が慢性疾患において誤作動しているという興味深い発見であり、悪液質のみならず、IL-6が関連する他の炎症性疾患も含めた治療アプローチを拓く知見となりうる。